読者の感情を動かす 短編漫画のストーリー

短編漫画のストーリーで、読者の感情を自分の意図通りに動かせるようになるための、一見魔法のようだけれど、その実、わりと確実な方法を考察する時間

主人公の信念の表出のリフレインと圧勝のカタルシス 「ドリフターズ」を読む | 第三回

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photo by David Salafia

ドリフターズ」1巻がびっくりするぐらい面白かった事について

今回は、私がここ半年間読んだ漫画の中で、読んでいる途中で最も興奮した「ドリフターズ」を取り上げたいと思います。
私はこの作品を生徒に勧められて読んだのですが、私は作者平野耕太さんの作品を読んだ事がなく、読み出す前は、実はあまり期待もしていませんでした。しかし、読んでいる途中で「なんて無茶苦茶な漫画なんだ!」と興奮し、1巻を読み終える時には、「最高に面白い!!」という感想に変わりました。そして次の日に、書店が開くのを待って2巻・3巻を買い、近くのドトールで貪るように読みました。
早く4巻が出ないかなぁと心待ちにしています。
私は、この作品の1巻の何かしらのからくりに激しく「感情を動かされた」のだと思います。何故私が「ドリフターズ」の1巻をあんなに面白いと思い、2巻以降が読みたかったのかについて考察します。

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

 

 

第1話・第2話では感情移入していなかった

今、それ以来で「ドリフターズ」の1巻を読み直しているのですが、改めて思ったのは、私はこの作品の第1話・第2話では、まだ主人公や作品世界に感情移入していないという事です。ちなみに第1話は、関ケ原の合戦でのいわゆる島津の退き口で、戦場に取り残された主君島津義弘を逃すため、井伊直政を相手に奮戦する主人公島津豊久が瀕死の重傷を負いながら、昼休み中の「不思議な空間」にたどり着くところまでで、第2話は重傷の豊久がエルフたちの助けにより、「ドリフターズ」の根城に連れて行かれるところまでです。

 

第3話・第4話でわかる物語の構造

そんな私がこの作品を面白く感じ始めたのは第3話・第4話で、目覚めた主人公島津豊久が時空を超えて織田信長那須与一と対面する場面です。
作品は、何も知らない主人公(と読者)と、「織田信長」を名乗る男性が軽妙なやり取りをする中で、この作品の5W1Hを説明していきます(具体的には計24ページでその説明が行われます)。そして、既刊の第3巻までの主人公側のトリオが誕生します。
この作品を読み進めた読者は、おそらくまずこの場面で面白さを最初に感じたのではないかと思います。
何故面白いかと言うと、

  1. 時空を超えて、読者も名前を知っている有名人織田信長那須与一が登場する。
  2. それぞれに、登場のシーンで派手に見得を切る(この作者は見得の切り方がとても上手い)。
  3. 私たちが知っている信長の死から関ケ原の合戦までの史実を、豊久と信長の軽妙なやり取りの中で説明出来ている(私たちの知っている歴史を、信長に教えてあげるというカタルシス)。

という3つの事が短いページ数(24ページ)でとてもスムーズに行われているからです。

 

キャラクターは動いてなんぼ

さて、そのように説明されるこの作品の5W1Hですが、ここまではあくまで設定の説明であり、具体的なキャラクターの運用は、第4話の最後の「合戦のにおい」という引きからの第5話以降から始まります。
豊久を先頭に上記の3人は襲われているエルフの村に駆けつけます。3人の大立ち回りのシーンです。ここまで来ると、作品の面白さとカタルシスは加速し、3人のキャラクターの身体的な強さや好戦的で挑発的な態度と相まって物語の流れがとてもスムーズになります。
私たちが商業漫画雑誌に持ち込みに行くと、よく、編集者の方が「キャラクターがただ立って話をしているだけで面白くない」と言われる事があります。そういうニュアンスの事を言われた事がある人、あるいは、このコラムを読んで自分の作品にそういう傾向がある人は、ぜひ「ドリフターズ」のこの部分を読んで、キャラクターを動かしながら会話をさせる技術を学んでください。

 

キャラクターの信念の表出を繰り返し描く

ドリフターズ」を読み返してみた今回、私が一番勉強になったシーンはP85の1コマめ、主人公豊久が敵に対して「首置いてけ!! 首置いてけ!! なあ!!」と言うシーンです。実は、この「首置いてけ!!」というセリフは、P85が初出ではありません。先に触れた、この物語の一番最初のシーン、関ヶ原の合戦のシーンで、重傷を負わせて撤退する井伊直政に「待てぇ!! 直政!! ふざけるなよ 手前」「首置いてけ!! 首置いてけ!! 直政ぁ!!」(P19)と叫んでいます。
この後、豊久は繰り返し起こる戦の中で、「首」にこだわります。読者は、この85ページめの「首置いてけ!!」のセリフで、豊久の行動原理・信念が「敵対する武将の首を採る事だ」(とても簡潔でわかりやすい!)という事に気づきます。そして、その後繰り返される彼の「首」へのこだわりを心地よく受け入れます。

 

私たちは短編漫画の中で主人公の信念の表出を何度行っているか

今回勉強になった事は、具体的に言うと「主人公の信念の表出のリフレインは効く」という事です。この読者のみなさんの中に、1作の短編漫画の中で、主人公の信念の表出を2度以上繰り返している方がどれぐらいいるでしょうか? 私はこれまで11年間色々な漫画家志望者の原稿を見て来ましたが、そのような原稿に出会った事はありません。
「信念の表出」が大事な事は以前から知っていた事です。
宝島社に「マンガ名ゼリフ大全」というムック本があり、そこでチョイスされる名セリフを見ていると、そのほとんどがそのキャラクターの信念の表出だからです。
例えば「キャプテン翼」で翼は、「強い者が勝つんじゃないんだ。サッカーは勝った者が強いんだ!!」と叫びますし、「鋼の錬金術師」でロックベル医師は、「偽善で結構!! やらない善よりやる偽善だ!」と叫びます。
なので、生徒のみなさんには「山場でなるべくそのキャラクターに信念を叫ばせよう」と伝えて来たのですが、実はそれでは不徹底で、短編漫画と言えど、信念の表出は1作品で1度ではなく、2度・3度とリフレインさせた方が効果的かもしれません。

マンガ名ゼリフ大全 (別冊宝島―カルチャー&スポーツ (1547))

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ブレない強さ

この「ドリフターズ」という作品、この後、土方歳三ハンニバル源義経ヒトラーなどが出てきて、カオス的な作品世界になっていくのですが(これが、私が初見で持った「なんて無茶苦茶な漫画なんだ!」という感想です。)、それでも読者がリアリティを持って、感情移入して読み進められるのは、作者の平野耕太さんがこの作品世界を全くブレずに描けているからです。作品世界もブレていませんが、「首置いてけ!!」と叫ぶ主人公・島津豊久のブレなさ加減は、読んでいてとても気持ちがよいです。この強さ、特に少年漫画家志望のみなさんはマネをすると良いと思います。何故ならば、少年漫画は基本的に、読者のメインターゲットが少年なので、「わかりやすさ」と「わかりやすいカタルシス」が強く求められるからです。

 

圧勝のカタルシス

さて、主人公島津豊久と織田信長那須与一がトリオを組んで最初の戦であるこの第5話から展開される戦は、主人公たち側の圧勝に終わります。敵大将を瀕死の重傷を負わせた豊久は、被害者であるエルフたちに剣を渡し、「殺れ 殺るんだ 駄目だ殺るんだ 殺るのだ 殺らねばならぬのだ」「ここがどこでお前らが誰であろうと 敵はお前らが討たねばならぬ この子が応報せよと言っている!!」とエルフたちを焚きつけます。
エルフたちは、敵の総大将を殺すのですが、ここのシーンは圧倒的なカタルシスを感じます。つまり、この場面で読者の感情が1巻の中では一番大きく動くのです。ただし、それを可能にしているのは、先ほど触れた主人公島津豊久のキャラクターが際立っていること、具体的には、85ページの1コマめの信念の表出のリフレインで、読者が心を掴まれているからだといえます。

 

短編漫画は主人公の展示会

「短編漫画は主人公の展示会」というぐらいの認識を持った方がよいかもしれません。確かに、イントロで物語の5W1Hを説明し、きっかけとなる事件(多くは主人公にとって屈辱的な)が起こり、努力・鍛錬をして強くなった主人公が敵との接戦を経て勝利を収めるという型のお話は、漫画に限らずエンターテイメントストーリーの最も基本的な型です。しかし、これを32ページや40ページでやろうとすると、どうしても1つ1つのエピソードが浅く・短くなってしまいます。
現在の商業漫画の編集者さんの求めているものはとてもはっきりしていて、「魅力的なキャラクター」です。
もちろん、主人公が読者と一緒になって葛藤や苦難を乗り越えてキャラとして際立って行く正攻法のやり方もありますが、この「ドリフターズ」の島津豊久のように、キャラクターとしての信念がはっきりとあり、それを1話の中で3回ぐらいリフレインする、ブレない無骨なキャラクターを描くのもありではないでしょうか。
ちなみに、この主人公島津豊久は、また、サブの織田信長も奈須与一も最初から「強い」です。1巻の中では、特に成長もしていません。
それでも私たちは特に第5話90ページが終わる頃には主人公にがっつり感情移入をしています。そして、「最高に面白い!!」と激しく感情を揺さぶられます。
もちろん、作者の平野耕太さんのキャラクター演出力が抜群に高いのもありますが、主人公の信念が明確かつ物語の中でリフレインされ、最初から強い主人公たちが敵を圧倒的に打ち破るカタルシスがこの作品を面白くしています。

 

まとめとこの技術を短編漫画に活かすとすれば

まとめます。この作品が大変面白く、読者の感情を1巻以降も揺さぶり続けるのは、

  1. 主人公の信念がとても明快で、そのリフレインが利いている。
  2. 最初から強い主人公が圧倒的な強さを持って敵を打ち破って行く強さ。
  3. その2つを確かな演出力で大変濃く描いている。

からだと思います。
さて、これらの技術が短編漫画で応用可能かと言えば、充分可能だと思います。実際に、今まで論じて来た部分は90ページです。「ドリフターズ」ほど面白く、読者の感情を激しく動かす作品は僕たちにはまだ作れないでしょうが、40ページぐらいで上記の3つのポイントをしっかり押さえた作品が作れれば、みなさんはとても骨太で、わかりやすく面白い漫画が作れるのではないかと思います。

 

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