読者の感情を動かす 短編漫画のストーリー

短編漫画のストーリーで、読者の感情を自分の意図通りに動かせるようになるための、一見魔法のようだけれど、その実、わりと確実な方法を考察する時間

外部構成と内部構成のシンクロ度 「式の前日」と「片恋の日記少女」を読む(1) | 第七回

 

式の前日 (フラワーコミックス)

式の前日 (フラワーコミックス)

 

 まず、「式の前日」から読みます あ、【ネタバレ注意】です

今回と次回は2回連続で、穂積さんの「式の前日」と中村明日美子さんの「片恋の日記少女」を読みます。そこで、「外部構成」と「内部構成」という耳慣れない概念の意味と、そのシンクロ度がいかに大切かを話せればと思います。
さて、この2作品、どちらも短編集で、とても良く売れましたし、話題にもなりました。どちらも「上手い!」と言われた作品です。今回は主に穂積さんの「式の前日」を中心に見て行きたいと思います。
私が持っている「式の前日」は第2刷で、帯には「発売3日で早くも増刷!!」「鮮烈新人・穂積 デビューコミックスにして最高傑作」というコピーが付けられています。実際当事者になると、色々と苦労はあるでしょうが、まだ成功していないクリエーターとしては、率直にとってもうらやましいですね。僕はこんな状況になりたいです。
今回と次回のコラムは、モロに作品のネタバレになってしまうので、興味のある方は、作品を楽しんでからこのコラムを読んでもよいと思います。 

片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

片恋の日記少女 (花とゆめCOMICS)

 

 「式の前日」の構造 ネタばらしは最後に

そんな穂積さんの鮮烈デビューコミックスは、第1話めに単行本のタイトルにもなった「式の前日」という短編が収められています。ページ数は、私たちが一番描きやすい16ページです。私たちは、「16ページでもこれぐらい面白い漫画が描けるのだ」という視点でもこの作品に注目できます。
この作品、余程先読みが得意な人以外は、物語のラストに「そうだったのか!」「そう来たか!」と良い意味でストーリーに裏切られると思います。具体的には、明日夫婦になる恋人同士と思っていた男女が、実は姉弟だったという事実を知り、とても気持ちの良いやられた感を味わうはずです。そして、改めてもう一度読み返してみて、「ああ、確かに作者はこの2人を夫婦とは言っていない、なるほどねー」とこの作品のストーリーの上手さを感じます。少なくとも私はこのラストは予想できなかったし、「やられた」と感じました。穂積さんはこの作品だけじゃなく、他の短編でもストーリーテリングがとても上手な作家さんです。
この作品は、実は姉弟であるところの若い男女が、結婚式を明日に控えて縁側でやり取りをするところから始まります。主人公は「社会人三年目 仕事も大体安定してきた」男の子です。彼は、明日の式のために仕事を休み、その割には縁側でだらだらとうたた寝をしています。ヒロインは同年代の女子、明日に控えた式のためにソワソワし、明日着る予定のドレスをまた試着しようとしたり、もう決まった席次表の確認などをしています。2人はとても親密で、軽い冗談を言ったり、笑い合ったりします(初読でこれが恋人に見えない読者はほとんどいないんじゃないか?)。9ページめまでは、そんな二人のやり取りが続き、そこから「独身最後の」夜ご飯になります。物語時間が、昼間から夜に移る訳です。そこでも2人は冗談を言いながらご飯を食べ、主人公はお風呂に入り、11ページめは眠る間際になります。11ページのラスト、ヒロインが「お父さんとお母さん」の仏壇がある居間で一緒に眠る事を提案します。12・13ページめの見開きが、この物語の肝になります。2人は別々の布団で眠るのですが、ヒロインが「手 つないで寝てい?」と言い、手を繋いで眠ります。感極まって泣くヒロインに、主人公は愛情に満ちた表情(こういう複雑な表情を描けるようになりたいですね!)で「…泣いてんじゃん? 泣くとブスになるよ 明日」と言います。繰り返しますが、このページの2人の表情がこのストーリーの「内部構成」の肝になります。13ページめラストのめくりで、物語は翌朝になっています。14ページめ以降で、先ほど言ったように読者は大きく裏切られる事になります。14ページめはヒロインがタクシーに乗り、主人公はそれを送り出す状況なのですが、そこからの主人公のモノローグ「仕事も大体安定してきた 父母は俺が十一の時交通事故で先だった」「その二人に代わり 俺を育ててくれた 八つ違いの姉が 今日結婚する」と、「むこう着いたらさ ユースケさんにお礼言っといてよ」「最後に姉ちゃんと過ごす時間くれてありがとうって」で、この2人が実は結婚する恋人同士ではなく、姉弟だという事がわかります。これがこの物語の「外部構成」の肝なのですが、穂積さんはそれを物語のラスト3ページに持って来ています。
ちなみに、来週読む中村明日美子さんの作品群は、読者へのネタばらしは、ほとんどの作品でイントロのうちに済ませてしまいます。この違いは、ストーリーを構成していく上でどちらもお手本になると思います。

「外部構成」・「内部構成」とは何か

と、あらすじを説明したところで、「外部構成」と「内部構成」についてお話したいと思います。
「外部構成」とは、ストーリーラインとそれぞれのエピソードの積み重ねを言います。この作品だと、イントロで若い男女が縁側で明日に控えた結婚式の話をし、ヒロインが色々と心配をし、独身最後の夜ご飯を食べ、居間で一緒に眠り、主人公が実は姉であるところの新婦をタクシーで送り出すストーリーラインとそれぞれのエピソードです。これらのエピソードの1つ1つはそれぞれのキャラクターの感情を伴いますが、一度その部分を取り除いて、ストーリーの中で具体的にどのような出来事が起こり、展開して行くかの構成を「外部構成」と呼びます。言うまでもなく、この作品は外部構成がとても良く出来た作品です。この2014年・読者のほとんどが「マニア」と言って良いほど物語を読み慣れているご時世にあって、ネタバレをする事なくラストで読者を裏切るのは、ストーリーラインがとても巧妙だからです。そういう目で見てみると、穂積さんは序盤・中盤のセリフに細心の注意を払っている事がわかります。
「内部構成」は、そのようなストーリーライン・それぞれのエピソードで、キャラクターの感情がどのように動くか、それが次のエピソード・ストーリーにどのように繋がっていくのかの構成です。この作品で言うと、明日の式に対してソワソワしているヒロインとボーっとしている主人公、その中でもちょっとした笑い合い・愛情があり、独身最後の夜ご飯を笑顔のうちに食べ、お風呂に入った後、居間で手を繋いで眠ろうとする、しかしヒロインが感極まって泣いてしまう、次の朝、主人公がある感慨に耽りながら姉を新郎のところに送り出すまでのキャラクターの感情線です。
私たちが今まで感動して来た、あるいは手に汗を握ってハラハラした漫画やドラマ・映画などを思い出してください。そこには「この先どうなるんだろう?」という外部構成についての引き(読者が思わずページをめくりたくなる仕掛け)と、主人公やサブキャラクターの危機的状況に対するドキドキだったり胃がせりあがるような緊張・内部構成の感情移入が混然一体となってあったのではないでしょうか? 名作と言われる作品や名シーンと言われるシーンは、この外部構成と内部構成のバランスがとてもよく、両方の構成が両輪となって読者は加速度的に物語に感情移入します。
そしてもちろん、この穂積さんの「式の前日」も、地味ながらも、外部構成と内部構成が絶妙のバランスで構築された作品です。この点について、もう少し詳しくみてみましょう。

読者が感情を動かされるのは12・13ページの主人公とヒロインの表情

この「式の前日」の感想を求めると、恐らく多くの読者が「ラストのヒロインがタクシーで式場に向かうシーン、あそこで実は2人が姉弟だとわかって感動した」という答えが返って来ると思います。私もそこの部分で感動もしましたし、そのシーンも抜群に上手いと思うのですが、創作者目線で見逃してはいけないのは、イントロから12・13ページの見開きまでの内部構成です。この作品、「驚くほど面白い・上手い」から、無名の新人の読み切り短編集なのにとても売れたのですが、最後の裏切り、実は2人は姉弟だったという設定がなくても、「面白い短編」になり得る内部構成が出来ています。序盤はいわゆる「あるある」です。たいていの男子は、結婚式にそこまでの思い入れはなく、どちらかというと面倒くさいイベントです。一方の女子は、一世一代の晴れ舞台、やはり自分が主役で素敵なドレスを着たり、皆に祝福されるのはうれしい事でしょう。そういう世の中の結婚式を前日に控えた一般の男女の感情がとても良く描けています。会話のセンスもよいと思います。何気ない、本当に何気ない2人の会話を、私たちはほとんど脳みそを使わずに楽しめます。表情もお上手です。ただ「笑顔」と言っても、お互いがお互いのテンションで、しかし信頼し合っている「笑顔」が狂いなく描けています。そして、そんな笑顔だった2人が居間で眠る時、眠れないヒロインが「手 繋いで寝てい?」と言い、13ページ冒頭、どこまでも優しい主人公の表情と、泣顔のヒロインの表情の境にある「…泣いてんじゃん?」という主人公のセリフを読んだ時、読者は思わずヒロイン側の立場に感情移入してグッとくるはずです。
この作品はこの後ページをめくると「…上手いなぁ」という展開があるのですが、その前までに既に、とても良いシーン、読者が感情移入して思わずもらい泣きしそうになるシーンを構築出来ているのです。
逆に言えば、このシーンまでが杜撰だったり、いまいち感情移入出来ていなかったら、読者はラストのシーンでの裏切りをそこまで面白いとは感じないでしょう。
先ほど言ったように、外部構成と内部構成は車の両輪で、このようにお互いがお互いを触発し合いながらドラマは進んで行くのです。
私たちが16ページで「驚くほど面白い漫画」を描く事はとても困難な事です。私たちだけじゃなく、プロの作家さんだって16ページの読み切りのお仕事が来たら、16ページじゃなくても、24ページでも32ページでも、短いページ数のお仕事が来たら、少し緊張すると思います。短編はとにかく尺がないので、この内部構成・外部構成の構築、そして連動・シンクロに失敗すると、取り返しが付かないからです。

外部構成・内部構成のシンクロ度を高める

外部構成と内部構成は密に絡み合っていればいるほど物語は面白くなります。それでは、そのために私たちは何をするべきでしょうか? 1つは、推敲だと思います。余程の天才が、しかも調子の良い時じゃない限り、一発で外部構成と内部構成を引き、そのシンクロを図る事は無理でしょう。プロの作家も、まずはストーリーライン、そしてそのそれぞれのシーン・エピソードでのキャラクターの感情線を引いてみた後で、「じゃあ、これからこのシンクロ度を高めていくには何をしたらよいだろう?」と考えると思います。例えば、ここで主人公が戦場のエアポケットのような空間に入って安心するシーン、ネームの第一稿では穴に入っただけだったが、主人公のアップで彼が大きくため息を付く演出を入れようとか、モノローグで彼の感情を言わせてみようとか、そういう風に出来上がったネームでシンクロの度合いを高めて行くのだと思います。(ネーム以前の箱書きやサムネイルでそれをやる漫画家さんも多いと思います)
どのプロの漫画家さんに聴いても、一番緊張するのはネームを描くところだと言います。漫画家さんはプロですから、ただ単に「単調なネームを切る」という事に関してはそんなに難しい事ではないでしょう。やはり難しいのは、この外部構成と内部構成をシンクロさせて行き、読者が読んだ時に混然一体となって「感情が動かされる」状態を作るところなのだと思います。
幸運な事に、我々はまだプロの漫画家ではありません。これは皮肉ではなく、失敗が許されるのです。1年後に最高の外部構成・内部構成の連動・シンクロが出来ればよいや、というぐらいの意識で、しばらくこの問題に集中して取り組み、10作品ぐらいで「読者の感情を動かす」ネームを練習してみてもよいと思います。

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