読者の感情を動かす 短編漫画のストーリー

短編漫画のストーリーで、読者の感情を自分の意図通りに動かせるようになるための、一見魔法のようだけれど、その実、わりと確実な方法を考察する時間

短編漫画の教科書 「夏目友人帳」を読む | 第六回

 

夏目友人帳 (1) (花とゆめCOMICS (2842))

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 今更なのですが

今更かよって話なのですが、ようやく「夏目友人帳」を読み始めまして。現在3巻の途中まで読んだところなのですが、面白いですね。各話、1話完結の形を取っているので、私たちがこれから描く短編漫画の参考に大いになるというか、多くの方にとっては教科書になり得るクオリティと面白さだと思いました。この短編群をきっちり理解し、再生産出来れば、みなさんはほぼ間違いなく面白い短編漫画が作れるようになるのではないかと思います。

第1話は準備体操

この作品、個人的に第1話はあまり面白いと感じませんでした。内容は、主人公夏目貴志と相棒のニャンコ先生の出会い、夏目の殊能力(妖怪が見える)と人間性(その事で気味悪がられ周囲から白い目で見られていた)の紹介と世界観の紹介です。作者緑川ゆきさんのあとがきによると、この作品は連載が確約されていたわけではなく、ご本人が読み切りシリーズとして描きたいとの事だったようです。
この作品は第2話からグッと面白くなり、作品で「読者の感情を動かす」のですが、この第1話と第2話の何が違うのか、第2話にあって第1話にない要素が何なのかを分析する事は、「読者の感情を動かす」上でとても意味があるように思えます。

第2話の問題解決と人間ドラマ

緑川ゆきさんの巻末の自注によると、第2話はシリーズ化がかかっていて、50ページももらっているので、機微もきっちり入れないと、という意識があったようです。第2話、そして第3話以降にあって、第1話にないものは、まずはそれぞれの回で登場する妖怪や人間のバックストーリーです。第2話に登場する「露神」は、大昔から村人に信仰される祠に住む神です。昔から多くの供物を収められ崇められて来た神でしたが、現在は多くの村人に忘れ去られ、おばあさんのハナさんのみが供物を収めています。ハナさんは若い時一度だけ、露神と会話をした事があり、それ以来この祠を信仰するのでした。物語の中で、ハナさんは病気で亡くなり、露神も消えて行きます。そこのシーンはとても感動的で、モノローグがとても効果的に使われています。
第3話以降も、毎話で登場する妖怪やそれに触れた人間のドラマを緑川さんはとても繊細なタッチで描いていくのですが、第1話では「夏目が友人帳を使い妖怪に名前を返す」という事のみが説明されて、上記のような人間ドラマはありません。
故に、この作品を面白くしている要素の1つとして、毎話登場する妖怪や人間とそれにまつわるドラマ。そのドラマを主人公夏目がニャンコ先生やその他の妖怪の力を借りながら解決していくところにあるのは明らかです。

物語内時間について

第2話の露神とハナさんのエピソードが典型ですが、この物語は妖怪が多く登場するために、いわゆる人間の感じる時間間隔よりも長い時間が物語の中で描かれます。第2話は、主人公夏目やハナさんが生まれる遥か前から信仰されていた露神、そして、ハナさんの若い時から年老いるまでがドラマの中にギュッと詰まっています。私たちは、このような物語が始まる前のキャラクターが背負っているストーリーを「バックストーリー」と呼んでいます。そして、このようなバックストーリーが充実したドラマは、短編の場合時に効果的です。萩尾望都さんの「ポーの一族」などでも言えるのですが、ドラマの中で、読者や主人公は知らない露神とハナさんの長い年月をかけて構築した関係の最後のシーンを上手に演出すれば、読者は短いページでもそこに奥行きを感じ、「感情を動かされ」ます。

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モノローグについて

先ほど、この第2話のモノローグが良いと言いました。モノローグは漫画家・小説家に許された最強の武器です。リアルな世界では、主人公やサブキャラクターの心の声をそのまま読者に伝える事は不可能ですが、黙読を前提にしたドラマでならば、それは可能です。
このモノローグについて、第1話のおまけで緑川ゆきさんがコメントを載せてくれています。曰く、「モノローグ 正直ちょっと苦手です。(読むのは好きですが。)心象を示すものは特にヒヤッとします。それは表現うんぬんではなく、心内が覗けてしまったキャラクターには、魅力を感じなくなって描けなくなってしまうことがあるからです。底が知れると冷めてしまうので、極力事態の説明とか、相手との距離を測るか示すものくらいにおさえたいなと思っています」
これを読んで「夏目友人帳」を読むと、確かに特に主人公夏目の感情を表すモノローグ(※ストーリーの説明をするモノローグは多いです)が極端に低い作品になっています。第2話の良いシーンというのも、前半半分は露神のモノローグ、後半半分が夏目のモノローグになっています。このようにギリギリまで抑えて溢れ出たようなモノローグがこの作品を面白くしている一因である事は間違いありません。

短編漫画で再生可能か

さて、それでは上記の2つの事、物語内時間を長く設定する事、モノローグにこだわる事は短編漫画で再生可能でしょうか? 
まず、物語内時間を長く設定する事は充分再生可能です。それをどう演出するかは別として、例えば主人公とヒロインが、前世・前々世でも因縁がある、と言う風な物語内時間の拡げ方は、原理的に可能です。そして、そういう時間設定が短編漫画を面白くする1つの手法である事は間違いありません。
もう1つ、モノローグを極力控えて、溢れ出るように表現する方法も、原理的には可能です。もっとも、「夏目友人帳」第2話のように、サブキャラクター(露神)のモノローグを商業用投稿作で描くのは、出版業界では一般的にしない方がよい事とされています。ただでさえ短いストーリーの中で、主人公以外のキャラクターに感情移入をさせるのは技術的にとても難しいからです。特に創作初心者がこれをやるとほとんどの場合が失敗をします。
ただ、この作品のように、わざと物語の前半では主人公の内面をモノローグでは表現せずに絵(表情・アクション)で見せて、物語の山場で今まで溜めていた内面を一気に表出するような形でモノローグを使用するのはとても効果的だと思います。

全てを説明すれば良いと言う訳ではない/主人公のミステリアスな感じ

この「夏目友人帳」の主人公夏目のミステリアスさ、内面をあまり表出せず、淡々と描いて行く感じは、夏目のキャラクターとしての魅力を充分に演出しています。これは、先ほどの緑川さんの自注のように、緑川さんが夏目を本当に大切に、丁寧に描いて行った結果なのでしょう。そして、後半の溢れるように出て来るモノローグにも重みがあります。
リアルな世界でも初対面の時に自分の全てをさらけ出してしまう(それが完全に出来れば、それはそれでプレゼン能力が高いという事なのでしょうが)よりも、どこか影がある、この人にはまだ奥行きがあるという感じは、時に人間に魅力を与えます。漫画でも全く同じ事が言えると思います。私たちは結局のところ、原稿用紙を通して、読者と会話・対話をしているのです。私たちはリアルな世界で雄弁であったり、魅力的であったりする必要は全くありません。どんなに寡黙であっても、コミュニケーション能力が低くても問題ありません。しかし、読者の感情を動かすには、原稿用紙の上では雄弁であったり、ミステリアスな感じを計算したり、強い共感・感情移入をさせる何かを描く必要があります。そのような意味で、この緑川さんの「戦略」は、とても有効で実践的だと思います。

感情移入について

本当に今更なのですが、短編漫画において、読者に主人公だったり作品世界に感情移入してもらう事はとてもとても大事な事です。よく言うのですが、物語作りが下手な人がイントロ・中盤①・中盤②・後日談を作り、山場だけを井上雄彦さんに描いてもらったとしても、読者は「この作品、山場の演出力と画力が半端なくすごかったね」という感想で終わるでしょう。何故ならば、イントロのキャラクターの感情線だったり、ドラマが繋がっていないからです。感情移入に注目すると、短編漫画の勝負は、実は山場の手前、中盤②までで付いています。中盤②までで「この主人公好き」とか「この作品面白い」と読者が前のめりになってくれていれば、山場の演出や画面作りが多少下手でも読者はカタルシスを感じるし、逆に、中盤②までで「ないよ、こんなこと」とか「この主人公、胸糞悪いわー」と思われてしまっては山場をどれだけがんばっても読者は拍手を送ってくれないでしょう。そのような意味で、短編漫画においては、イントロ・中盤①・中盤②の構成やそこで何を見せるかがとても大事になるのですが、今回の夏目のように、イントロでとりあえず5W1H(この物語がいつ・どこで・誰が・何故・なんのために・どうやって)の表面的な部分を紹介しながらも、物語の山場手前までは、主人公の本心・本性・本質を示さない、読者に「このキャラクターにはまだ何か奥行きがある」という様子を演出しておいて、山場・クライマックスで上手にモノローグを使いながら、「読者が見たかった主人公の本質」が表現されるのはとてもよいプログラム・構成だと思います。

これは少年漫画でも使えるかもしれない

書きながら思ったのですが、このプログラムは、少女漫画のみならず、少年漫画でも使えるかもしれません。もちろん、少年漫画の山場でこの「夏目友人帳」のようなポエジー溢れる繊細なモノローグを使う事は、多くの場合において正解ではないでしょうが、例えば主人公には隠された能力だったり、奥の手があり、物語の序盤でそれを読者に匂わせる、「何かあるなぁ」と期待させておいて、山場で「読者が見たかった最上の形」でそれが示されるならば、読者の感情を充分震わせる事が出来るでしょう。もちろん、その場合は上記のテクニックだけでなく、熱い気持ちもお忘れなく。

まとめ

私たちが「夏目友人帳」をいきなり描くのは無理だと思います。先ほど触れたように、この作品は主人公夏目とニャンコ先生のコンビと、毎話ゲストキャラクターの人間ドラマをセットで描いているので、それだけ作者に技術と技量が求められます。なので、私たちはまずは主人公と相棒のドラマを沢山作り、キャラクター作りやキャラクターの動かし方、物語の構成の仕方や原稿用紙を使った読者との対話のコツを掴んで行く必要があります。しかし、こういう優れた、とても面白い作品と出会うと、何か創作をがんばる気になりませんか?? みなさんのまんが道は、もしかしたらこんなに優れた人間ドラマに繋がっているかもしれないのです。ここにたどり着くためには、繰り返しになりますが、まずは単純なプログラムで、多くの原稿を描く必要があります。具体的な枚数にすると300枚ぐらい。それぐらいの原稿を仕上た時、みなさんはもしかしたらこの「夏目友人帳」のような夢があり、ロマンがあり、最上のエンターテイメントが作りだせるかもしれません。がんばってください。

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