読者の感情を動かす 短編漫画のストーリー

短編漫画のストーリーで、読者の感情を自分の意図通りに動かせるようになるための、一見魔法のようだけれど、その実、わりと確実な方法を考察する時間

非リアルの舞台劇 「制服魔法みどりちゃん」を読む | 第五回

 

制服魔法みどりちゃん (ヤングジャンプコミックス)

制服魔法みどりちゃん (ヤングジャンプコミックス)

 

「どうしても触れたくない」と比べてみると

前回、ヨネダコウさんの人間描写がとてもリアルな漫画「どうしても触れたくない」を読んだので、今回はとびっきり非リアルな、水あさとさんの「制服魔法みどりちゃん」を読みたいと思います。
この作品、生徒に借りて読んだのですが、途中何度もにんまり。大変微笑ましく、これまでとは違う、「萌え」る漫画でした。

「どうしても触れたくない」と「制服魔法みどりちゃん」を並べてみると、読者の感情移入の仕方、少なくとも作者が意図する読者を感情移入させる仕掛けがベクトルは全く違います。しかし、「原稿用紙を使って読者の感情を動かす」という意味では同じ機能を果たしています。今回はその事についてまとめたいと思います。 

 4人の主人公のオムニバス

「制服魔法みどりちゃん」には、4人のそれぞれ異なる魔法が使える少女が各話の主人公として出てきます。それぞれにどういう魔法が使えるかと言うと、第1話のみどりちゃんは、「制服を着ていると男子にとてつもなくモテる」という魔法。第2話ぼたんちゃんは、「人の気持ちがわかる。ただし、相手の好きという感情を感知するとエクスタシーを感じてしまう」(厳密には、世間一般で言うところのエクスタシーとは違うのかもしれません。興味のある方はコミックスを買ってみてください笑。)。第3話・第4話のみやこちゃんは「瞬間移動が出来る。ただし、下着のみが元の場に残る」。第5話のきいなちゃんは「制服を着ている時だけ魔法少女になれる。ただし、魔法を使うたびに制服の布が減っていく」。です。
こうして書き出してみると大変ぶっ飛んだ設定ですが、作品内では水あさとさんの絵柄や演出によって、少なくとも私は違和感なく「感情が動き」ました。

非リアルについて

私たちは、普段色々な情報を目にします。例えば新聞のスポーツ欄で昨日の巨人対阪神の試合のスコアが「3-2」で巨人の勝ちになっている記事を見て、「ありえないでしょ。嘘でしょこんなの」と思う人はほとんどいないと思います。何故ならば、新聞は前提として「事実を伝える」という約束の基に書かれているからです(もちろん各紙、恣意的な部分が多分にありますが)。
それと同じように、この「制服魔法みどりちゃん」を読んで「これは本当にあった事だ。ドキュメンタリーだ」と考える人はほとんどいないと思います。読者は皆、「このお話は嘘だ」というお約束を前提に作品を楽しみ、愛でます。
このように世の中の情報は必ず、3.0次元(リアル)と2.0次元(非リアル)の間に置く事が出来ます。言うまでもなく、野球のスコアの情報は3.0次元に近く、「制服魔法みどりちゃん」は2.0次元に近いです。

イントロでルールを説明するだけでなく、読者を萌えさせる

さて、それでは何故私たちはこの完全なる嘘のドラマに感情移入出来るのでしょう? 前回の「どうしても触れたくない」では、作者のキャラクターの描写、特に2人のB面や葛藤を緻密に描く事で読者が共感をするのだというお話をしました。
しかし、今回のこの作品の感情移入の仕組みは、それとは全然別のようです。

この作品、ちょうど4人の主人公のオムニバスになっているので大変わかりやすのですが、どの主人公のお話であっても、最初の5ページ以内で各話のストーリーのルールがとても分かりやすい形で説明されています。
例えば第1話だと、主人公のみどりちゃんは、「制服を着ると男子にとてつもなくモテる」という魔法が使える訳ですが、1ページめは、主人公みどりちゃんが一生懸命、好きな男の子に告白をしようとしているシーン。次のめくりの見開き(2・3ページめ)でその背後にみどりちゃんに告白をしようとする無数の男子。更にめくると(4ページめ)、場所が移動していて、トイレで制服を脱ぐみどりちゃんです。ちなみに、みどりちゃんは制服を脱ぐと男子に全然モテません。
以上のルールが、大変整理された情報として読者に提示されます。恐らく、日本語がわからなくても情報が読み取れるというぐらいわかりやすい構図です。
このようなイントロを読むと私たちは、「これから始まる嘘の劇は、このようなルールで楽しめるのね」とほとんど脳みそを使わずに明確に理解できます。
前回の「どうしても触れたくない」では、ダブル主人公・嶋と外川のA面(会社での初対面の関係)を淡々と描いて行く第1話で、彼らのバックストーリーが徐々に語られる第2話でした。それと比べると、この作品は大変即物的で、「話が早い」です。
これは、間違いなく現代漫画の1つの在り方です。世の中の人々はみんな忙しく、また、以前に比べて漫画やテレビ以外の情報が世に溢れています。イントロ5ページは読んでくれても、そこで面白くなければ容赦なく切られるというのは、とても現代的です。

「萌え」の構築

それでは、水あさとさんはただひたすらイントロ5ページを分かりやすく描いているだけかと言うと、そうではありません。このイントロ5ページで「読者の感情を動かす」のは、「萌え」の要素です。このような絵柄・女子が好きな男性読者が読めば間違えなく萌えるであろう要素、具体的には大地くんに一生懸命告白しようとするみどりちゃんの表情だったり、その大事な場面に背後から大勢の男子に告白されて思わず口を「ぱくぱく」させてしまうみどりちゃんだったり、トイレで切なそうな表情をして制服を脱ぐみどりちゃんだったり、と、作者は見開きごとに読者が萌える要素をふんだんに使います。
作品はこの後、このイントロのルールに従ってバタバタと物語が転がって行き、最終的にみどりちゃんと大地はお互いに全裸で気持ちを確かめ合います(これも世に言うところの裸で気持ちを確かめ合うのとは違うのでご注意を!笑)。とても面白い山場の見開きで、イントロ5ページでみどりちゃんを可愛いと思った読者は、この山場の見開きに向かって「萌え」を蓄積して行き、とても気持ちのよいラストを迎えるでしょう。

「どこに行けばみどりちゃんと会えるのだろう」と思わせる

先ほど触れたように、この「制服魔法みどりちゃん」はどこから見ても、非リアルなお話です。キャラクターの感情線も、少女たちの「うれし恥ずかし」を描いていますが、非リアルです。けれど、この作品を面白いと思った読者に、現実にはいないとわかっていても「どこに行けばみどりちゃんと会えるだろう」と思わせるのは立派な感情移入だと思います。
このように嘘のお話・キャラクターだとわかっていても、「どこに行けばこの○○ちゃんに会えるだろう?」と思わせる作品は、「萌え」という言語が発明されていなかった昔から(11年前以上昔)、高橋留美子の「うる星やつら」のラムちゃんなどを始め、漫画文化には昔から存在していました。そして、それを高い練度で進化させていったのがこの10年の萌え文化なのだろうと思います。

うる星やつら〔新装版〕(1) (少年サンデーコミックス)   うる星やつら〔新装版〕(2) (少年サンデーコミックス)   うる星やつら〔新装版〕(3) (少年サンデーコミックス)   うる星やつら〔新装版〕(4) (少年サンデーコミックス)

2.5次元について

は以前このような読者にとってちょうどよく、一番負荷が少なく感情移入出来るリアル・非リアルのバランスを「その作品の2.5次元」と呼んだ事があります。完全な後付けですが、名作と言われ、結果的に読者の感情を大きく揺さぶった作品、「あしたのジョー」も、「ベルサイユのばら」も、「北斗の拳」も、「GTO」も、それぞれの立ち位置で、リアルと非リアルの黄金律を取っている2.5次元なのです。
プロの作家さん、特に名作と呼ばれる、多くの人の心を打った作品を作っている作家さんは、みなさんこの2.5次元を持っています。
作家によって、「リアル・非リアル」の配分は違いますが、それぞれ自分の立ち位置が分かっているので、その立ち位置から「読者が一番負荷なく感情移入でき、感情を動かすのはこういうドラマ・こういう描線でしょ?」という提案ができます。
今回の作品で言うと、水あさとさんは水あさとさんの2.5次元を見つけ、そこで「制服魔法みどりちゃん」の世界を描いているし、ヨネダコウさんはヨネダコウさんの2.5次元を見つけ、「どうしても触れたくない」を描いています。
恐らく、水あさとさんには「どうしても触れたくない」は描けないし、ヨネダコウさんには「制服魔法みどりちゃん」は描けないと思います。そもそも描くところが違うので、描く必要もありません。

あしたのジョー(12)<完> (講談社漫画文庫)   STARキャラ★週めくり ベルサイユのばら 幸せ革命カレンダー2015 (STARキャラ・週めくり)   北斗の拳【究極版】 1 (ゼノンコミックスDX)   GTO(2)

自分の2.5次元を見つけよう

私はもう11年間漫画家志望者の方々と一緒に短編漫画を描いていますが、みなさんにはそれぞれ個性があります。私たちはそれを「自分ぶし」と呼んでいますが、漫画や小説を描き始めてすぐに自分ぶしがさく裂していて、強烈な個性を出せる方は稀です。また、そういう方も感覚で出しているので、どこかで壁に当たる事が多いです。私の感覚だと、2年から3年の間、「自分にとって2.5次元はどんな世界だろう?」「自分にとって自分ぶしはどんなものだろう?」と自問しながら探していると、おぼろげながらもそれが見えて来ることが多いです。
そこから先は、ぜひプロの編集者の方とスクラムを組んで、その色を濃くする、一定の2.5次元の中で、物語の中に奥行きを作って行くと良いと思います。そしてそれが一定のレベルを超えた時、私たちは「読者の感情を揺さぶる原稿」が描けるようになるのだと思います。

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