読者の感情を動かす 短編漫画のストーリー

短編漫画のストーリーで、読者の感情を自分の意図通りに動かせるようになるための、一見魔法のようだけれど、その実、わりと確実な方法を考察する時間

キャラクターの魅力と、問題解決に向けた発想の飛躍が連動した時の気持ちよさについて 「GTO」を読む | 第二回

Riccione459

photo by chris Vandenhende

GTO」で読者が一番始めに「感情を動かされる」シーン

今回題材として扱いたい「GTO」は、1997年2号から2002年9号まで週刊少年マガジンに掲載された藤沢とおるさんの代表作です。何度かテレビドラマ化され、その度に大きな話題になりましたし、続編も出ていますので、大ヒット作だと考えてよいと思います。私自身、コラムを書くに当たり久しぶりにこの作品を再読したのですが、あまりに面白く帰宅時間を忘れて読みふけってしまいました。

GTO(1)

GTO(1)

 

この作品、もちろん全ての面において藤沢とおる節がさく裂していて素晴らしいのですが、今回はコラムのテーマである「読者の感情が動くシーン」に注目して分析したいと思います。

そのような目でこの作品を読み返すと、おそらく、この作品で読者が一番始めに心を動かされるシーンは第6話「いち教師鬼塚」の主人公・鬼塚栄吉が水樹という生徒の家の壁をハンマーで壊すシーンです。

この一連のエピソードはコミックス1巻・第4話から展開されます。おさらいしましょう。

鬼塚が教育実習先で出会った水樹という生徒は、最初鬼塚をだまそうとしますが、次第に鬼塚の誠実で面倒見のよい人柄に魅かれて行きます。鬼塚に心を許しかけた水樹は、第5話で鬼塚に自分が抱える問題を泣きながら打ち明けます。
現在、水樹の両親はビジネスで成功し、大きくて立派な家に住んでいます。それは周りの人にとってはうらやましい事ですが、両親は顔を合わせば喧嘩ばかりしていて、水樹自身は家族間に生じた「冷たい壁」を感じていて幸せではありません。
以前、まだ両親がビジネスで成功する以前に暮らしていた六畳一間のアパートでは、父と母と娘の水樹は貧しいながらも温かい家庭を築いていました。その象徴として、月に一度、父の給料日に必ず食べたすき焼きが登場します。水樹は泣きながら、「あの頃に戻りたい」と鬼塚に伝えます。
その話を聞いた日の夜、上半身裸で手に大きなハンマーを持った鬼塚が水樹の家を「家庭訪問」します。その異形な風貌に動揺する両親を余所に、鬼塚は家に上がり込み、父親の書斎にたどり着きます。そして、「水樹、ここか?」と言い、いきなりハンマーで書斎の壁を「ブチ壊し」ます。家の壁に穴を空けた鬼塚は、大ゴマで大変かっこよく「こっから先は おまえしだいだぜ? 水樹」と決めゼリフを言います。

 

ポイントは発想の飛躍とショートカット

このシーンは、ある意味でとてもナンセンスなロジックが使われています。現実的に考えれば、鬼塚が水樹の家の壁を壊したところで、家族間の関係が修復出来る訳ではありません。事実、後日談として、水樹からの手紙で相変わらず両親は喧嘩ばかりしていると伝えられます。
しかし、鬼塚のこのセリフを聞いた水樹のうれしそうな表情を見た時、読者は水樹が抱える問題、「冷たい壁」が鬼塚のこの行動によって取り壊された事を知ります。
これは、いわゆる「ダブルミーニング」という手法で、漫画に限らず上手な脚本家が物語上の問題解決の時に使うものです。映画「ライフイズビューティフル」では、最後のシーンで、生き残った親子が言う「私は勝った」という言葉に二重の意味を持たせる事で、感動的な問題の解決を作っています。

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この手法はとても難しいので、毎回毎回問題の解決の時に使えるものではありません。
しかし、注目したいのは、「GTO」において藤沢とおるさんが、鬼塚が問題を解決する時にこのような発想の飛躍・論理の飛躍をこのエピソード以降も繰り返し使って行くという事です。そして、この手法によって読者の感情が動いているという事です。
具体名は出しませんが、ある「教師もの」の漫画では、主人公の教師が、ちょうどこの水樹の問題と似た問題を解決します。しかし、その解決の方法が稚拙なのと、解決までに200ページぐらいのページ数を使うので、物語はダレますし、この「GTO」のような爽快感と面白さはありません。このエピソードは短いページで、発想の飛躍があるから面白いのです。

 

この技法は短編漫画で再現可能か?

このコラムは、商業誌掲載に向けて短編漫画を描いている漫画家志望者のみなさんに向けて書いているので、我々は常に「長編漫画で感じる面白さが自分の短編漫画で再現可能か」という視座を持つ必要があります。
それでは、この技法は短編漫画でも再現可能かと言うと、充分再現可能です。そして、漫画家志望者でこういう発想の飛躍・論理の飛躍による問題解決の方法について、自覚的にやっている人はほとんどいません。ですので、もしもみなさんにそれが出来ると、他の漫画家志望者の作品に比べて圧倒的に「面白い」漫画が出来るでしょう。そして、それが成功した時、読者の感情は「大きく動く」と思います。これが、今回のこのコラムで私がみなさんと一番シェアしたい事です。

 

問題を解決する4つの方法

先ほど、このダブルミーニングの手法はとても難しいと申しました。実際に、「GTO」においてもこのようなダブルミーニングでの問題の解決の仕方はその後ありません。実際のエンターテイメント作品では、多くの場合次の4つの手法が取られます。

  1. 主人公が論理の飛躍や機転を利かせた行動で問題を解決する。
  2. 主人公が過去に行ってきたことが、現在に繋がって問題を解決する。
  3. 主人公が現在軸の中で合理的に問題を解決する。
  4. 奇策や「実は…」といったアイデアではなく、主人公が正々堂々正面突破をすることで問題が解決する。

基本的に、この4つの方法は上手に演出すると、どれでも読者の感情を動かせますが、特に投稿作などのように短いページで勝負しなければならない漫画は、1か2のアイデアで勝負すると効果的です。なので、みなさんが最初に書くプロットで、主人公が問題を解決しなければならない時、1か2の方法で解決できないかと思考する癖を付けると良いと思います。
2については、イントロ付近で主人公が何気なくやっていた事、何となく出したエピソードが実は後半に繋がっていて、という展開にするとよいと思います。そのような伏線は、後付けが可能です。どちらにしても、ポイントは大きく発想を飛躍させる事と、繰り返しになりますが、それを出来るだけ短いエピソードで読者に伝える事です。

 

主人公のキャラクター性と問題解決の方法は車の両輪

と、ここまでストーリに寄った話をして来ました。私としては、みなさんにこの方法でぜひプロットを作って欲しいのですが、描いているものがそれだけだと、おそらく持ち込み先で「アイデアは面白いね」「なかなか上手に物語をまとめているね」と言われて終わるような気がします。このような方法を取る場合、もう1つ絶対に欠かせないのが主人公のキャラクター性を際立たせるという事です。
今回取り上げている「GTO」は、主人公・鬼塚栄吉のキャラクター性がこれまでの漫画史の中でも最高レベルに際立っている漫画です。恐らく、このようなキャラクターは藤沢とおるさんにしか描けないのではないかと思います。

 

主人公・鬼塚栄吉の魅力

GTO」は、元暴走族の総長で金髪の教師・鬼塚栄吉が主人公です。この凡そ教師とは思えない破天荒なキャラクター性が、この作品のストーリーの面白さと自由度を保障します。

問題が起こっていない時の鬼塚は、女子高生のスカートの中を覗いたり、授業中に怪談をしたり、卑猥なコスプレをしたりと、いわゆるお茶目なエピソードを連発します。それはまるで、中学生のヤンチャな男の子のようです。
一方で、問題が起こった時の鬼塚は、正義感と男気に溢れ、行動力のあるかっこよい22歳の青年になり、文字通り身体を張って問題を解決します。
この鬼塚のキャラクターの二面性は、どちらに対しても振れ幅が非常に大きいので、読者はそのギャップに魅了されます。

 

GTO」の面白さの本質

私は、「GTO」という作品の面白さの本質は以下の3点にあるのではないかと思います。

  1. 主人公・鬼塚栄吉のキャラクターがとても魅力的に描かれている。
  2. 問題の起こり(鬼塚が首になりそうになる・生徒や他の教師の陰謀に巻き込まれるなどの引き)と主人公・鬼塚栄吉の問題の解決の方法が、読者にとってとても気持ちが良い形で行われる。
  3. 上記の2点が上手く連動して、決めシーンで読者の感情を動かす事に大変成功している。

創作の不思議なところですが、物語が上手く回っている時は、主人公の豊かなキャラクター性によってストーリー上の上手い問題の解決法やエピソードが生まれ、そしてそれがキャラクター性をより際立たせるという相乗効果が生まれます。この2つの要素は、ちょうど車の両輪のようなものです。
その事は、コミックス2巻以降の、「いち教師」鬼塚が、その後どうやって問題を解決し、生徒たちの心を掴んで行くかを見てみれば明らかでしょう。

 

まとめ

ここで言っている事が、難易度がとても高い事は重々承知しています。私も一応創作者の端くれですが、私も理論ではわかっても、上記のような事を活き活きと、自然にストーリーの中で行なう事はあまり出来ません。また、プロの漫画家でも、もちろん「GTO」レベルでこれをする事が出来る人はほんとうに稀です。
しかし、ほぼ間違いない事実として、みなさんの漫画の主人公のキャラクター性が魅力的で、スイッチのオン・オフのギャップのバランスが良く、そのキャラクター性の中で問題が上手に、読者の読みたかった形で解決出来た時、みなさんの漫画は読者の感情を大きく動かします。
結果的に、その作品は賞を取ったり、運よく掲載される事だってあるでしょう。
みなさんが、鬼塚級の際立ったキャラを作り、そのキャラクターに予想外の問題解決の方穂を取らせ、読者の感情を激しく揺さぶる作品を作れる事を願っています。

 

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